第二番札所 日照山 無量寿院 極楽寺
(にっしょうざん むりょうじゅいん ごくらくじ)
四国八十八箇所第二番札所である極楽寺は、奈良時代に行基菩薩によって開創されました。
寺の真の発展は弘法大師空海との深い結びつきにあります。
弘仁6年(815年)、42歳の空海がこの地で『阿弥陀経』を読誦する修法を行い、その結願の日に現れた阿弥陀如来の姿を自ら彫刻し本尊としました。
この阿弥陀如来像は類まれな美しさを持ち、その光が鳴門の沖まで届いたと伝えられています。
実際、漁民たちは漁の支障となるその光を遮るため、本堂の前に人工の小山を築いたことから、寺は「日照山」の号を得ることとなりました。
戦国時代の動乱期、天正年間(1573〜92)に長宗我部元親の兵火により寺は焼失の憂き目に遭いましたが、万治2年(1659)に至り、蜂須賀光隆公の援助を得て本堂は見事に再建されました。
現在の極楽寺は、三方を山に囲まれた閑静な境内に朱塗りの仁王門を構え、その先には極楽浄土を思わせる美しい庭園が広がっています。
44段の石段を上がった先には本堂があり、その右手奥には大師堂が位置しています。
堂内の大師像は「安産大師」として知られ、安産祈願の霊験あらたかとされています。
境内の見どころの一つが、弘法大師お手植えと伝わる「長命杉」です。
樹齢1200年以上、高さ約31メートル、周囲約6メートルに及ぶこの霊木は、鳴門市の天然記念物に指定されており、触れることで家内安全、病気平癒、長寿のご利益があるとされています。
また、寺は貴重な文化財も所蔵しており、特に南北朝時代の作と推定される「両界曼荼羅」は、宇宙における仏と菩薩の世界を描いた重要な絵図として知られています。
このように極楽寺は、信仰の場としてだけでなく、歴史的・文化的な価値も備えた寺院として、今日も多くの参拝者を迎えています。
アクセス
16分(1.2km)