第三十番札所 百々山 東明院 善楽寺
(どどざん とうみょういん ぜんらくじ)
四国八十八箇所第三十番札所である善楽寺は、土佐で最も古くから栄えた「神辺郷」と呼ばれる地域に位置し、高知城から約6キロメートル、JR高知駅から約4キロメートルの距離にあります。
大同年間(806-810年)、弘法大師がこの地を訪れた際、土佐国一ノ宮・総鎮守である高鴨大明神(現在の土佐神社)の別当寺として、神宮寺とともに善楽寺を開創しました。
以来、神仏習合の寺院として法灯を守り、特に土佐藩二代藩主・山内忠義の時代には武門の庇護を受けて大いに栄えました。
しかし、明治時代の神仏分離令により廃寺となり、その間、第三十番札所としての機能は安楽寺が「仮の借置」として代行することとなりました。
昭和4年(1929年)に善楽寺は再興を果たし、以後は安楽寺と善楽寺の二ヶ所で第三十番札所の納経が行われる異例の状況が続きましたが、平成6年(1994年)1月1日に善楽寺が正式に第三十番札所、安楽寺がその奥の院と定められ、長年の課題に決着がつきました。
境内には大正時代に建立された大師堂があり、ここの大師像は「厄除け大師」として知られ、厄年の参拝や交通安全の祈願に霊験あらたかとされています。
また「子安地蔵堂」には弘法大師作と伝えられる優しい表情の地蔵尊が祀られており、難産の妊婦を大師が祈祷して安産させたという伝説から、安産や子宝祈願、水子供養の参拝者が絶えません。
このように善楽寺は、土佐一ノ宮の別当寺として栄えた歴史と、厄除け・安産の霊場としての信仰を今に伝える古刹として、多くの参拝者を迎えています。
アクセス
Wikipedia
20分(1.5㎞)